言葉録

苦しいとき、辛いとき、悲しいとき、どうしたらいいかわからなくなってしまったとき、そんなときにパッと開いて自分を救う言葉があればいいなと思い、本や他人様のブログから(勝手に拝借して)載せています。m(_ _)m

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 集中するのでなく、心を開くのである。


緊張するのでなく、弛緩させるのである。


懸命になるのでなく、気楽になるのである。

 

支配するのでなく、支配されるのである。


勝つのでなく、負けるのであり、
出るのでなく、引っ込むのである。


つかむのでなく、放つのであり、
拾うのでなく、捨てるのである。

 

主張するのでなく、自己を無ゼロにするのである。


自分でするのでなく、なさしめられるのである。


演台によじ登るのでなく、抱かれてのせられるのである。


愛を求めるのでなく、愛を与えるのである。


人を責め、物事に目くじらを立てるのでなく、
すべてを赦すのである。


武装するのでなく、武装を解き、手ぶらになるのである。


着こむのでなく、脱ぐのであり、
飾るのでなく、飾りをとるのである。


賢明になるのでなく、愚かになるのである。


観念で縛るのでなく、観念を解くのである。


流れに逆らうのでなく、流されてゆくのである。


刈ってゆくのでなく、刈り込まれてゆくのである。


看板を掲げるのでなく、それを下ろすのであり、
火を守るのでなく、吹き消すのである。


勝手にするのでなく、勝手にさせるのである。

 

霧が晴れると、足元の大地だ現れる。


さえぐ雲がないと、月が出る。

 

 

★右に回していたネジを

左に回すだけ・・・

みたいな・・・

 

 

★いやいやいや・・・

左回転だけじゃだめだ・・・

 

左回転が陰、右回転が陽・・・

 

陰陽の合一か・・・ 

 

 

 

 また前記事の陰陽太極図に戻った

 

 

検索してみた。

やっぱり陰が左回転で陽が右回転だ

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★そうだ!!

左回りの時計つくってみようか・・・

 

時間がゆっくりながれるかも・・・

 

他者は鏡の破片 L49

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↑これは鏡の破片だったんだ。

上からどの破片を覗き込んでも、映るのは自分の顔。

それを他人だと思っていた。

 

↑上から覗き込んでいるのは、一つ(二つ?)の意識。

これが道教?の陰陽に分かれた丸いシンボルのことだろうか・・・

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このとき、神のことは覚えていた。

でもすぐ帰ろうという意識はなく、帰り方さえすでにわからなくなっていた。

だからと言って、下にある鏡の破片を一度でも覗き込んだら、大変なことになる。何も分からなくなってしまう。という所だった。

 

この陰陽に分かれた意識のところまでは思い出した。

 

今度は来た道を帰る。

さて・・・どうやって・・・

 

でも実はもう帰っている。

そして

「長い、一瞬の旅だったねぇ~」と笑っているんだろう。

 

 

 

2018.5.25(金)

レッスン49「1日を通して、神の大いなる声が私に語りかける。」 - There Is No Spoon

自分の日常的な活動をどのようにも遮ることなく、1日を通して神の大いなるに耳を澄ませることは本当に可能なことです。

 

 静寂と平安が永遠に行き渡るあなたの心の部分と一体化するように努めてください。

 

 深い静寂の中で耳を澄ませてください。

 

あなたはこの世界に生きているのではありません。

 

私たちは、あなたの真の故郷へと到達しようとしています。

私たちは、神に到達しようとしているのです。

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★世界に対して目を閉じる(鏡の破片を見ない)

 行く道は下を見ていた。

帰り道は上を見る。

 

 

★求めるものはすでにここにある。

”意識を向けるものはすべて得られる” という神の仕組み。

これほどの豊かさがあるだろうか。

これが神の子に与えた神の創造。

 

 

オマケ

 

 

14:30~

いじめられっこ ダイキ少年の『奴らに捧げるバラード

どんな小さなことでも遠慮せずに聖霊にやってもらいなさい。

余り布がない!
机の上も下も隙間もゴミ箱も、どこ探してもない!
(一応、出来上がった服には余り布も付けなければいけない)

そのとき、”愛と智慧の泉”の「どんな小さなことでも聖霊に聞いてください(やってもらいなさい)」という言葉を思い出した。

え、こんなこと聞くの初めてだわ、、、と思いながらも、聞いてみた。

そしたら「芯地・・・」という思いが浮かんだので、芯地の箱の中を探したら、あった。
芯と一緒に片づけてしまったんだ。

こんなとこ絶対見つからないわ。


もっともっと聖霊に繋がるようにということなんだね。

 

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(13:00~ )

ある場合だけ聖霊に頼り、他の場合は自分でなすというのではなく、

いつもいつもあらゆる場合に聖霊にやっていただくことです。

 

どんな小さなことでも遠慮せず、聖霊にやってもらいなさい。

 

(17:00~)

あなたの為すべきことは一つ

あなたのこれからの修行はただ一つ

それは

それは

聖霊に頼り切る

この頼り切るという命がけの修行です。

 

 

愛と智慧の泉 

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大ミオヤよ、

あなたはここを去ること遠からず。

あなたの浄土はここを去ること遠からず。

われらはあなたの傍(そば)に今あり、

あなたのみ国に今在り、

ここにこのままあなたと合一してあり、

あなたは久遠にわれと一体となりてあり。
 あなたの愛はわれに浸透し、

あなたの徳はわが徳となり、

あなたの智慧はわが智慧

あなたの平和はわが平和、

すべてあなたの持てるものはわが持てるものとなりぬ。


 鳥の大空を住家(すみか)となす如く、われはあなたの家に住み、

魚の大海を住家(すみか)となす如く、われはあなたの中に住めり。

あなたはわが住家(すみか)なり、

わが呼吸なり、

わが飛ぶ世界、

わが泳ぐ世界、

わがくつろぐ世界なり。

 

あなたはかくも、わが自由を許し給い、

われはあなたの存在すら気付かぬほどにあなたと融和して存在せり。
 

あなたは今ここに、海の潮の如く触れ給い、

潮はわれを覆い、われは潮の中に沈みて愈々あなたを感ず、

われは潮の中にあなたに浸され四方上下みなあなたばかりなるを感ず。

わが世界はあなたの海なり。

何処(いずこ)にゆくともあなたを離れざること海中の魚の如し。

何処(いずこ)へゆくともあなたの世界より脱(のが)れざること鳥の空中を飛ぶ如し。

わが身と心とは悉くあなたによりて包まれ、あなたによりて抱かる。

われとあなたは一体に生きつつあり。

 

わが足跡はあなたの足跡、

わが思いはあなたの思い、

わが行動はあなたの行動、

わが希望はあなたの希望、

わが祈りはあなたの祈りなり。


 かくもあなたはわれと一体となり給う。

 

わが行くところ、わがあるところ、常にあなたは在り、あなたはわれを離れず。

われとあなたは宿命の一木(いちぼく)なり。

これを裂けば生ま木を裂く如く、私の痛みはあなたの痛み、

私の悲しみはあなたの悲しみなり。


 大ミオヤよ、わが悟らざる前にあなたはわれと一体となり給う。

わが修行し解脱する前にあなたはわれと一体となり給う。

されば、われには最早悟りの道も解脱(げだつ)の修行(ぎょう)も不要なり。

あなたは既にわがすべてに同化し、わがすべてにあなたの霊徳(とく)は現わる。

われはただこのままにて安穏なり、快楽(けらく)なり。
 

われはただあなたを思い、あなたの海に沈めば充分なり。


 大ミオヤよ、われは今あなたの潮騒(しおざい)の音を聞く。寄せてはかえすあなたの波の音を聞く。

あなたの愛の波はわれを覆い、われを呑みつくし、われはあなたの海に沈みて歓び限りなし。

あなたの海は平和なるかな。

あなたの住家(すみか)は楽しきかな。

われはあなたの中にありて永恒の幸福(さち)を得たり。


 われは今、永遠(とわ)に生くる身となりぬ。

 

父よ、われと共に、永遠(とわ)にわれと共に。
  

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Gnothi Seauton 汝自身を知れ - There Is No Spoon

 

コースは、自分自身の中をいくら探しても真の自己は見つからない、自分が何者なのかという問いを自分自身に問いかけるのは全く筋違いだと言います。自分の中を探すのではなくて、自分と一緒にいる誰か他の兄弟との聖なる出会いの中に探さなければならないと。

一見、自分が神の子であることを忘れているのであれば、自分と向き合って、沈思黙考し、瞑想を繰り返すなどして、自分の中を探すのが筋のようにも思えます。

 

コースが他者との関わりの中に自己を探すようにいうのは、この「自分と向き合う」というときの「自分」というのが、既に分離して欠片でしかないと信じ込んでしまっている個別の自己だからです。大いなる自己をばらばらに分割して、世界中に散らばらせているのなら、散らばった一欠けらとしか見ていない自分の中にだけ閉じこもっていても、エゴの幽閉状態から脱出するのは困難ということです。

 

 

★ああ、ずっと、尋ねていた質問の答えがここにあった。

L11 わたしの無意味な考えが、わたしに意味のない世界を見せている。

自分の考えが自分に見える世界を決定する。

 

赦しへの鍵がこの中にある。

 

 

 

★今朝、ふと『白雪姫』の物語の解釈ってコース風に読むとどうなるんだろうと思った。

 

検索してみたら、コースではないけれど、こんな解釈もあった。

 

・・・・・・・・・・・・

女王(実際は王妃なのですが……)は魔法の鏡に問いました。

「鏡よ鏡、世界で一番美しいものは誰?」と。

いつもなら「それは女王様です」と答えますが、この日に限って「それは白雪姫です」と答えます。
 それを聞いた女王はどんな手でも使って白雪姫を殺そうと決意します。

 

 

この女王は、実のところ自信がありませんでした。

そして魔法の鏡の答えに満足と安心を感じていたのです。

 しかし、彼女は思ってしまったのです。白雪姫は美しいと。

 そして、ついには魔法の鏡でさえもそう答えてしまった。

 もう一度、魔法の鏡とは何か?

 その鏡は紛れもなく、女王の心を映しているのです。

彼女の求めた解答ではなく、自分の考えていることを答えます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「私の無意味な考えが、わたしに意味のない世界を見せている」

 

 

それじゃ、わたしはどんな世界が見たいの?

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L10 わたしの考えには何の意味もない。

この概念が、わたしが今信じているすべてのことから、

わたしを解放してくれる

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「赦します」

 

私は宣言するだけでいい。

後は聖霊がやってくれる。

 

特別な関係を完全に赦すまでは帰れない。

実は相手は誰でもいい、事柄もなんでもいい。

エゴは「赦すもんか」と思っているので、そういう状況を差し出してくる。

 

 

「私の考えには何の意味もない」

 

「私はこの考えを採用しません」