L318 私の中では、救済の手段と目的は一つのものだ。
★今朝、目が覚めて、心地よい中で想いの世界を漂っていると、
”ただ在る”という言葉とともに、深い呼吸が始まった。
安らぎ?平安?(思い出せない)
その一体性の中には兄弟がいた。
すべてに境がなく、何の違いもなかった。
その世界は一瞬で消え、いつもの日常に戻った。
そういえば、昨日、聖霊にお願いしたのを思い出した。
「実在の世界の兄弟を見させてください」と。
聖霊はちゃんと答えてくれたんだね。
欲を言えば・・・
もっとハッキリと、もっと長く
見せてください。(笑)
でも今の私が、その世界を見たら、もうこの世界には戻ってこなくなってしまうだろうな・・・
だから聖霊は見せないのかな・・・
みんなそうなのかもしれない。
でも、兄弟のために戻ってくるんだよね。
Jのように。
アーテンとパーサのように。
でも私には今世の最大の赦しのテーマである、特別な愛の関係の残骸がしつこく残っている。
これももう終わるだろう。
<今日の奇跡のコース>
私こそが神の子が救われるための手段なのだ。
なぜなら、救済の目的は、神が私の中に置いてくれた罪のなさを見出すことだからだ。
私は、自分が探し求めているものとして創造されたのだ。
私は、神の子であり、神の唯一の永遠の愛だ。
私は救済の手段であり目的でもある。